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久しぶりのグロです 



詳細は後日に・・・・

11/2です。詳細が少ししか解りませんでした。
今年の7月にタイで発生した殺人事件なのですが、犯人が逮捕されておらず路上の監視カメラ(レストランの防犯用)に映っていたそうです。路上に倒れている少女は学生、近くで襲われここで腹を切り裂かれ内臓の一部が取り出されるシーンでした。

タイは殺人が多いのか無関心なのか・・私が探した新聞には記載なしでしたごめんなさい・・・。
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北海道 三毛別村の悲劇 



日本にいる野生動物で凶暴であるとされる熊。日本にはどのような熊がいるのかご存知と思います。
【月の輪熊】
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北海道を除くほぼ日本全域に生息している月の輪熊。平均的な個体で頭胴長(頭の先からお尻まで)は110~130センチ、体重はオスが80キロ程度、メスが50キロ程度です。個体差や季節の変動が大きく、小さい場合は約40キロ、最大で約130キロになります。記録によると、1967年に宮城県で捕獲されたオスは、体重220キロもあったといいます。それでも世界のクマ類と比べると小型~中型になります。

【ヒグマ】
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北海道にはヒグマが生息します。成獣で頭胴長(頭の先からお尻まで)は200~230センチ、体重は150~250キロとされています。ツキノワグマと同様に,オスの方がメスよりも大きくなります。記録によると、2002年に斜里町で捕獲されたオスは、体重400キロもあったといいます。
それぞれ野生の熊は冬は冬眠し春先に植物の新芽が出る頃に巣穴から出て来ます、しかし冬眠の前には栄養を蓄えるため、特にヒグマは雑食性で大凡何でも口にします。

得てして動物には習性というか、持って生まれた性が有ります。それは人とて同じ。性格や人格は中々変わらないもの・・。それが動物となると特有の行動習性が有ります。今回は熊と言うことで一般的な熊の習性を挙げてみましょう。
※食性について
基本は雑食です。
春:冬眠明けでザゼンソウ、フキやセリ科などの植物。
夏:セリ科などの植物、アリやザリガニ等も食べます。野生の実、果実も食べます。
秋:クルミやドングリを中心に食べ冬眠へ向けた栄養貯蓄をし川魚等も食べます。
(北海道では野生のエゾシカが食されています)
※行動
夜間を含め日中の行動も見られますが人間を避けて藪などに隠れて行動することが多いです。
逃げるものを追いかける習性を持ち時速50km程度で走ることができる。また視力よりも嗅覚がすぐれています。
一方では学習能力が高く、一度食し味を覚えるとその食べものに執着する。トウキビや果樹、人の出す生ゴミなどの味を覚えると繰り返し食そうとする、また食したモノは土をかけて占有しシカなど一度に食べきれない餌は、土をかけて自分のものとします。
上記の内容は熊の個体種類に囚われずに熊というだけで習性は然程変わらないようです。
昔は熊と出会ったら死んだふりをしなさい・・とか有りましたが決して有効では有りません。熊と出会って熊が立ち上りでもして2m超えていたら足がすくんで動けなくなるでしょうが、熊対策を講じてない場合は目を離さず大声も出さず荷物を置き後ずさりしながらゆっくりと行動するようにと推奨しています。背を向け逃げると追いかけてくるので注意ですが、もし下り坂を逃げるなら急には止まれないので有効であるかもしれません。。
さて、ここまでで熊の食生も含め行動習性を理解されたと思います。


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【1915年11月~プロローグ】
1915年11月初旬、北海道六線沢村に住んでいる池田富蔵という家の家畜小屋から始まった。夜中に家畜の馬が激しく鳴いているのを富蔵夫婦が訝しみ寝床から起きて見に行くも、暗くて何も見えない、がしばらくすると馬も落ち着いたため再び夫婦は就寝した。翌日、妻が慌てて富蔵を呼びに来ると軒先に干してあったとうもろこしが食い荒らされ、敷地内のぬかるみは山へと戻る巨大な足跡が残っていた。富蔵は直ぐに熊というのが解り家畜被害を恐れ近所からマタギを呼び駆除を求めた。マタギも応じて富蔵の家に待機するが現れずマタギらは熊は冬眠したのだろうと判断し自宅へと帰った。その時のマタギらとの会話で足跡の大きさから、かなり大きい「穴もたず」と判断され、その凶暴性が危惧された。

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【1915年12月9日】
月が明けた12月9日、三毛別川上流に伐採を生業とする太田家に居候する長松要吉が一足早く仕事に向かい、当主の太田三郎も氷橋に用いる桁材を伐り出すため出掛け、三郎の内縁の妻である阿部マユと太田家に預けられていた少年・蓮見幹雄の2人が家内で穀物の選別作業をしていた。
同日の昼、居候の永松要吉が食事のために帰宅すると、少年・蓮見幹雄が顔下に血の塊を付け、喉元を何かでえぐられ側頭部は親指大の穴が穿たれた幹雄の死体を発見した。また同家に居るはずの安倍マユは見当たらず薄暗い奥の居間から異様な臭気が漂うのみ。
永松要吉の知らせを受け、氷橋を作るために木を伐採していた男達が太田家に急行し現場を確認。夥しい鮮血と様子から熊に襲われたと判断。男性達は太田家から500m程下流の明景安太郎の家に集まり対策を話し合った。ヒグマ討伐やマユの遺体奪回は翌日にせざるを得ないが、とり急ぎ役場と警察、そして幹雄の実家である蓮見家への連絡を取らなければならない。しかし通信手段は誰かが直に出向くより他になく、一度はある男が使者役に選ばれたが本人が嫌がったため、代わりに斉藤石五郎が引き受けることとなった。

【1915年12月10日・・1回目の襲撃】
翌12月10日斎藤石五郎は出発。残された男達は猟銃を持っている者を含め安倍マユの捜索へ出発。
約30人の捜索隊を結成し昨日の足跡を追って森に入った一行は150mほど進んだあたりでヒグマと遭遇。うろたえながらも鉄砲を持った5人が熊に向け発砲。しかし銃の手入れが行き届いていなかったため玉が出たのは1丁だけ。怒り狂うヒグマに捜索隊は散り散りとなりながらヒグマは逃走に転じたため被害はなかった。周囲を捜索した結果トドマツの根元に小枝が重ねられ血に染まった雪の一画に、黒い足袋を履きぶどう色の脚絆が絡まる膝下の脚と頭蓋の一部しか残されていないマユの遺体を発見。捜索隊はマユの遺体を持ち帰り幹雄とマユの通夜が行われたが、餌を横取りされたとしてヒグマが必ず戻って来ると知っていた村人は通夜に参加せず、残された家族親族らの9人だけが太田家で通夜を行った。外が暗くなり家人らは亡骸を前に酒を飲み交わしている午後8時半頃、大きな音とともに居間の壁が突如崩れヒグマが室内に乱入。棺桶が打ち返されて遺体が散らばり、そこにいた村人らは天井に上がる者や逃げ惑う者がいたが、石油缶を打ち鳴らし撃退しようとする者がおり、それを皮切りに皆がそこらに有るものを叩き始める。その騒ぎを聞いた近隣の家から50人程の男達が現れ熊は山へ逃走。このヒグマは人間の肉の味を覚えた。マユの亡骸を雪に隠そうとしたのは保存食にするための行動だった。一度口にした獲物に強い執着を示し、奪われたものを取り返しに来るヒグマの習性を熟知した村のある男性は「ヒグマはまた来る」と熊撃ちの猟師が言い放った

ちょっと一服・・・
◆ここまでで村人らが野生の熊に対し間違った行動をしています。先に述べた熊の習性を知っているならここまで被害は広がらなかったでしょう・・・。しかし身内の死体は放置できませんからね。
間違い・・その1:軒下のとうもろこしを食べられた後処理が中途半端だった。
間違い・・その2:捜索隊が熊を見つけて発砲した
間違い・・その3:マユの遺体を荼毘に期すため持ち帰った。

太田家で熊の再襲撃を受けている頃、太田家の隣家である明景家に、明景安太郎の妻・ヤヨ、長男・力蔵、次男・勇次郎、長女・ヒサノ、三男・金蔵、四男・梅吉の6人と、斉藤家から避難してきたタケ、巌、春義の3人、そしてオドの合計10人(タケの胎児を含めると11人)がいた。前日の太田家の騒動を受け、避難した女や子供らは火を焚きつつおびえながら過ごしていた。明景家の護衛は他の場所に食事に出かけたが太田家でのヒグマ再出没の報を受けて現場に行ったため男手として残っていたのはオドだけであった。

少し休憩・・・
◆読んでいて被害者を含む人らの関係図とこの時点での被害者等が解りづらいので一旦まとめます。
・池田家(熊襲撃:11月初旬)
 池田 富蔵_生存
 富蔵の妻_生存
・太田家(熊襲撃:12月9日、10日)
 太田 三郎_生存
 内縁・阿部 マユ_死亡(12月9日没)
 居候・長松 要吉_(2回目の襲撃、12月10日明景家にて重症)
 居候・蓮見 幹雄_死亡(12月9日没)
・明景家(太田家から500m程下流に位置した住宅)
 明景安太郎_生存
 明景安太郎の妻・ヤヨ_(2回目の襲撃、12月10日重症)
 長男・力蔵_生存
 次男・勇次郎_生存
 長女・ヒサノ_生存
 三男・金蔵_(2回目の襲撃、12月10日没)
 四男・梅吉_(2回目の襲撃、12月10日没)
・斉藤家(この一家は太田家に来ていて被害に遭う)
 斎藤石五郎_村を出て警察へ通報で不在
 妻・タケ_(2回目の襲撃、12月10日没_胎児死亡)
不詳・巌_(2回目の襲撃、12月10日重症)
不詳・春義_(2回目の襲撃、12月10日没)

【1915年12月10日・・2回目の襲撃】
太田家でマユの通夜を行っていた最中に熊の再襲撃を受け、その騒ぎに明景家にいた男連中が太田家に向かい山へ逃げたと思われた熊は明景家方面に向かっていた。太田家から熊が居なくなった20分後に明景家の窓を突き破り侵入してくる熊。長松 要吉を襲うが当事妊婦だった斎藤タケが襲われその場で腹を割かれる。太田家に集まっていた男らは激しい物音がする明景家に向かう最中に傷を負ったヤヨと勇次郎と梅吉の3人と会い事情を聞き急行する。


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外から見る家中は真っ暗で、ただ何か硬い物を潰す音と肉を啜る音、タケと思われるうめき声が聞こえる。
男達は家の左右から挟み撃ちのように銃を配置しくまを威嚇。相変わらず用意された銃から玉が出ることはなく、この騒ぎに併せ熊は逃げた。熊がいなくなった家中には、斎藤家のタケ、同じく春義、明景家の金蔵が死体で発見され、斎藤家の巌が重症で見つかる。

【1915年12月11日】
村人らは何も出来ずに警察へ連絡に行った斎藤石五郎を待ち石五郎の妻タケが死亡したことを告げる。1915年12月11日の時点で、死者が7名、重傷者3名の惨事となる。

【1915年12月12日】
この事件は道庁まで報告され北海道庁警察部保安課から羽幌分署長の菅貢警部に対し討伐隊の組織が指示され近隣の青年会や消防団または志願の若者やアイヌたちにも協力を仰ぎ、村田銃や刃物類など、中には日本刀を携えた者を含め、多くの人員が三毛別に集まった。また死亡者の検死のため馬橇で一足早く現地に乗り込んだ医師は、正午頃山道でヒグマの糞を発見した。それを検分し中から人骨や髪の毛また未消化の人肉を見つけ医師は戦慄に立ちすくんだ。一方菅警部は。副隊長には土地勘がある帝室林野局(現在の林野庁)の人物を置き、隊長の菅警部は要所を固める一方、討伐隊を差し向けた。今回は熊の習性を利用しそれぞれの遺体を元に戻すことで熊をおびき寄せる作戦だった・・が徒労に終わる

【1915年12月13日】
熊はは村人不在の家を荒らし回り鶏を食い殺し味噌や鰊漬けなどの保存食を荒らし服や寝具などをずたずたにしていた。その中でも女が使っていた枕や、温めて湯たんぽ代りに用いる石などに異様なほどの執着を示していた。熊は味を占めた人間の女という獲物が見つからず、昼間であるにもかかわらず大胆に人家に踏み込むなど、警戒心が薄れており行動域がだんだんと下流まで伸び自ら発見される危険性の高まりを認識できていなかった。羽幌分署長の菅隊長は氷橋を防衛線とし撃ち手を配置し警戒に当てた。

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ここまで勇敢な人はいないようです。

そして夜、橋で警備に就いていた一人が、対岸の切り株が六株あるはずの切り株が明らかに1本多く、しかも微かに動いているものがある。報告を受けた菅隊長が、「人か、熊か!」と大声で誰何するも返答がない。意を決し、隊長の命令のもと撃ち手が対岸や橋の上から銃を放った。すると怪しい影は動き出し闇に紛れて姿を消し又もや逃げられた。

【1915年12月14日】
山本兵吉というマタギが討伐隊に入りました。

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兵吉はロシア製ライフルを手に数多くの獲物を仕留めた実績を持ち、しかし酒癖が悪いことから警察は討伐隊任命に躊躇してたが三毛別村・六線沢村兼任村長である大川与三吉の独断で決定された。兵吉は風下から熊に近寄り銃を構え引き金を2回だけ引いた。一発目はヒグマの心臓近くを、二発目は頭部を正確に射抜いた。12月14日午前10時、轟いた銃声に急ぎ駆けつけた討伐隊が見たものは、村を恐怖の底に叩き落したヒグマの屠られた姿だった。ヒグマは重さ340kg、身の丈2.7mにも及ぶ、エゾヒグマとしては規格外の巨体を持つオスで金毛が混ざる黒褐色の体躯には胸から背中にかけて「袈裟懸け」と呼ばれる白斑があり推定7 – 8歳。体に比べ頭部が異様に大きいという特徴
以上が三毛別村で起きた熊事件ですが、熊の習性を知り適切な対応が出来ていたらここまで被害は大きくならなかったであろうと思われます。またこれに類似した件で1970年7月日高山脈で起きた福岡大ワンゲル部・ヒグマ襲撃事件が有ります。当事、鳥取大パーティーと似たようなルートを通るが福岡大だけが襲われるのが熊の習性からであると思われます。

ヒグマによる人身被害のまとめ
明治11(1878). 1 北海道丘珠村 猟師・村民幼児含む3名死亡/他2名重傷 ※食痕2名【札幌丘珠事件】
明治37(1904). 7 北海道下富良野町 少女(11)死亡【下富良野事件】
大正 2(1913).   北海道沼田町奔々 男児(?)死亡
大正 4(1915).12 北海道留萌苫前村三毛別 村民胎児含む7名死亡/他3名重傷【三毛別羆事件】
大正12(1923). 8 北海道沼田町 猟師・村民4名死亡/他4名重傷【石狩沼田幌新事件】
大正14(1924). 9 北海道真龍 林務官1名死亡(殉職)/他1名負傷
昭和13(1938). 8 北海道北千島幌筵島(現ロシア・バラムシル島) 漁師1名死亡【幌筵島事件】
昭和13(1938).秋 北海道中山峠 道路作業者1名死亡 ※食害
昭和24(1949). 7 北海道大雪山旭岳 登山中男性1名死亡/他8名無事【大雪山事件】
昭和36(1961). 4 北海道枝幸郡 猟師男性(53)死亡 ←2013.6追加
昭和37(1962). 9 北海道標津町 猟師男性(73)死亡
昭和37(1962).10 北海道標津町 猟師男性(60)死亡
昭和39(1964). 9 北海道門別町 小5少女(11) 登校中に襲われバラバラにされ死亡
昭和40(1965). 8 北海道猿仏村 造材男性(52)死亡
昭和44(1969). 8 北海道千歳市 女性(78)死亡 
昭和45(1970). 7 北海道日高山脈カムイエクウチカウシ山 登山中大学生(18・21・23)3名死亡/他2名無事 福岡大ワンゲル同好会事件
昭和46(1971).11 北海道滝上町 狩猟男性(68)死亡
昭和48(1973). 9 北海道厚沢部町 林業男性(45)死亡 子熊を連れた母熊に40㍍引きずられ、全裸に近い状態で発見。
昭和51(1976). 6 北海道千歳市 山菜採り男性(54・58)2名死亡/他3名重傷 ※食痕1名【風不死岳事件】 襲われ足の筋肉部を喰われた
昭和52(1977). 5 北海道大成町 山菜採り男性(55)死亡 
昭和52(1977). 9 北海道大成町 渓流釣り男性(36)死亡 
平成 2(1990). 9 北海道森町 キノコ狩り男性(75)死亡 
平成11(1999).11 北海道木古内町 渓流釣り男性(47)死亡
平成12(2000),11 北海道平取町 狩猟中男性(73)死亡
平成13(2001). 4 北海道白糠町 山菜採り女性(42)死亡
平成13(2001). 5 北海道札幌市 山菜採り男性(52)死亡
平成13(2001). 5 北海道門別町 駆除男性(81)死亡  
平成17(2005). 9 北海道白糠町 無職男性(74)死亡
平成18(2006). 6 北海道新ひだか町 山菜採り男性(53)死亡
平成18(2006).10 北海道浜中町 駆除ハンター男性(59)
平成20(2008). 4 北海道北斗市 山菜採り男性(50)死亡/他2名無事
平成20(2008). 7 北海道松前町 駆除ハンター男性(67)死亡 
平成20(2008). 9 北海道標津町 釣り男性(58)死亡
平成22(2010). 5 北海道むかわ町 山菜採り男性(70)死亡
平成22(2010). 6 北海道帯広市 山菜採り女性(66)死亡
平成23(2011). 4 北海道上ノ国町 山菜採り男性(63)死亡
平成25(2013). 4 北海道せたな町 山菜採り女性(52)死亡
まとめ参照は【人喰い】日本における食害事故~ヒグマ編から抜粋しました。
ただし、本項では野生の熊と言うことでクマ牧場やイベント、公園等でのクマ被害は記載せず。

これから紅葉の季節。一般観光地で熊と出会うというのは0%に近いでしょう。しかし渓流釣りやハイキング等で人里から少し山に入る場合はクマ対策をしたほうが良いと思います。何故かというと数年前と違い異常気象による山間部における野生動物の餌となる食物不足。熊の生活エリア近くまでに入り込んだ人間の行動範囲により人間を脅威と感じることはなく、逆に荷物から食料の臭がする等が近年見られ実際に住宅地にまで熊は出没しています。
野生エリアに行く場合は熊よけスプレーが効果的であり、保険代わりに1本は用意されることを望む。

ELEANOR:久しぶりの長文です。以前より三毛別村の事は自分なりにまとめようと思っていましたので良い機会でした。改めて自然界における食物連鎖は力によって決まるものだと思い知らされます。この記事を富士山世界遺産登録記念にしたいと思います。

さて、ここからの続きが有りますが写真のみです。近年アラスカで灰色熊の襲撃で命を落とした方らです。
モザイク等はしておりませんので気が進まない方は、閲覧をやめて下さい。
近年はカメラ精度が上がりHD並に鮮明です。が、見る方は食事前後の閲覧は控えたほうが良いでしょう。


続き →

福島で発生した便槽から死体発見の事件 

福島県田村郡都路村(当時村名)で起こった事件。
平成元年2月28日、村にある学校職員住宅の当時汲み取り式の便槽内で男性の死体が発見され、解剖の結果「凍え兼胸部循環障害」(狭い場所での圧迫と凍死)。警察は住宅に住む教師相手に覗き目的と判断しこの件は事故死と解決。この結果からこの事件は未解決事件では有りませんが、この件を事故死として片付けるには少し無理な現場状況が有り未だに論議されています。下記の写真は某雑誌で取り上げられた際の記事一部です。

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【雑誌内容から登載した記事ページの文章全文】
~は、ほとんどオトギ話である。選挙戦で熱くなっていたとはいえ、もとはといえば常識的な生活者だった人達がそこに集まっていたに間違いないのだから、ただし、陣営内の酒席とかで彼がその事を口にし、「一人だけいい格好するな」とばかりに仲間になじられ、殴り合いにでもなって誤って死なせてしまった。というケースならあり得るだろう。だが、そうだったとしてもこちらでもやはり、過失死を隠すためになんでそんな手間のかかる処理をしたのか分からなくなる。便槽といはいえ人家の内、いずれ発見されることは分かり切った場所であり現に発見されている。手間をかける意味もなく、隠すのなら山の中に穴を掘って埋めるとか、海におもりを付けて沈めるとかするはずだ。こうして見てくると、他殺の可能性は非常に低い事が分かるだろう。また、発見された限りではNさんの体に死に至るような傷は残っていなかったという。では、自殺なのかといえば事件直前のNさんの行動に、あえて不審点を捜してみても「選挙運動に出て来なかった」くらいで、動機が全く見当たらない。しかも。こんな異様な手段で、なぜ死ななければならなかったのか、と考え出したら、なおさら、よほど強烈な、人間の想像を絶するような狂気に突然の狂気に取り憑かれた、と考えないと話のツジツマは合わない。そしてもしそのような狂気がありうるのなら、それは「殺人者」にもあてはまることで・・・。
(写真文中記事内容全文・・ただし名前だけは変えました)

今は廃刊になった某雑誌から抜粋されたコピーのようですが、この本は当時の私も読みました。数ページの特集でこの事件の特異性が紹介され確か父親の写真も有ったか思います。このようにこの事件は定期的に話題となり、ネットや雑誌等に取り上げられ、またテレビ番組で超能力者による捜査番組でも父親が出演し論議されますが確たる証拠もなく、証拠は無いにしても万人が納得するだけの説明もなく、それぞれの推理が絵空事のように否定されては消え、御身内の方も不名誉(発見場所と死亡するまでの経緯)な事故死としては納得しない旨もありこの件は絶えず論議されています。

この事件あらましと、それをタイムチャートにして解りやすくしてみましょう。

① 平成元年2月23日午前10時頃:今回の死亡者Nさんが家を出る(当日夜は先輩の送別会に参加)
② この日を境にNさんが行方不明
③ 平成元年2月28日午後6時頃:学校の教師宅内便槽内で死体が発見される
④ 以後、最初に消防団員らが駆けつけ、その後に警察も現場に現れ死体はNさんと断定
(くみ取りバキュームカーもいたと話しがあります)
⑤ 警察より事故死と発表され事件は一応の解決をみる
(司法解剖はされず検死解剖だけが行われたようです)

事故の全貌を確認します。
平成元年2月28日午後6時頃に福島県の市にある学校職員社宅に住む女性教諭が自宅トイレに入り何気なく中を覗いたら靴らしき物が見え、覗きこむとトイレ便槽内に人の頭があるのを発見。彼女はすぐに警察に連絡、と同時に知り合いにも電話し地元消防団と警察が現場に急行。呼びかけにも応じない便槽内の人物を取り出そうとするが家の中からは狭くて不可能であった為、社宅外の汚物回収蓋を空けそこから引っ張りだそうとする。しかし便槽内部が狭く思うように作業が進まずショベルカーで便槽を掘り出し便槽を壊して中の人物を取り出す。出されると同時に水で洗われ、しかしその人物は数日前から行方不明になっていたNさんであることが直ぐに判明する。冬の寒い中で上半身裸、着ていた服は胸に抱え靴は片方だけが発見され、また近所を捜索するとNさんの車が公民館の駐車場に鍵をつけたまま駐車されているのが見つかり、後日片方の靴が近くの河川敷で発見される。

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 (Nさんが発見された便槽内での格好と状態、内部空間寸法。)

以上がこの件のあらましで、警察と地元消防団の発表です。
この件で特異なのが遺体の発見現場と現状、これが例えば河川敷とかどこかの広場や山中であれば騒がれる内容でもなかったのでしょう。またこの観点からは他殺という線が薄れます。便槽内には自分の意思で入り込んだとしか考えらないからですが、しかし脅されて中に入ったとする事も考えられます。いずれにしてもNさんが本当に便槽内に居たのなら自分の力で中に入ったとしか考えられません。

では、ここまでの疑問点事項を確認します。
疑問点1:行方不明から発見されるまでの空白の日数(死亡推定時刻が平成元年2月26日時間は不明)
疑問点2:公民館に駐車された鍵が付いたままの車
疑問点3:入り口が直径36cmの便槽内に入り込む勇気と理由
疑問点4:着ていた服を抱え靴の片方だけが便槽内のNさん頭上にあった(らしい)

【後日談】
この学校社宅に住んでいたのは女性教諭であり共通の友人を通じ知り合い、当時の恋人との相談やら身近な問題をNさんに持ちかけていたようです。当時この教師宅にいたずら電話が多くそれに悩んでいて相談していたとの話も有り、それについてNさんが電話をかけた人物を特定出来ていたとされています。Nさんが行方不明になっている最中は休日でも有り、学校も休みだった為教師は実家へ帰っていた。

【Nさんの評判】
趣味で始めたバンド活動も積極的に行い、仕事先でも責任あるポジションで業務を行なっていた。それに加え青年団のリーダー的存在である程度の発言力、行動力を兼ね備えていたとされます。

死亡した人物の身体特徴の発表は無くも、スポーツ選手及び消防団青年で有った事をネゴシすると身長は170以上体重は60kg以上、肩幅は有り一般常識も備え危険回避能力と危機危険予知力はあったと思われます。その彼が一方通行であり中で引き返す事が出来ず光も差さない暗い場所へと入る事に敢えて着ている服だけを脱いで便槽内に入る事をするのか?

【事件後に村内で噂された内容】
1:市長選に関わる話
2:東電の原発誘致に関する地元住民らへの説明と真相

さぁ、この疑問を1つずつ説いてみましょう。
と行きたいのですが何かが足りません。それは当時の地元風習。風土、風習というのは各地域に存在し、他の部落や地方人は解らない内容です。それを知らずに自分の身の回りの常識を持ってでは理解できない何かが有るかもしれません。

【地名の由来】
「仁明天皇嘉祥の頃より田村氏小野氏の来地たりしを以て田村の庄、小野の庄と称せしも、後小松天皇応永十三年(1406年)の頃より、小野の庄を称せずして総て田村の庄と称したりが、中御門天皇享保二年(1717年)に田村郡と称するに至れり。」 これが田村という地域名の由来です。

【居住地域】
山間部に位置するこの村は原発事業誘致以前にはこれといった産業は無く、その殆どが農業で生計を立てる地元民らには今で言うプライベートな空間は家の中でしか無かったと思われます。また、閉ざされた山間部で行われたかもしれない行為、風習等・・この風習風土が何かを導くこともあります。

【事件と登場人物】
・今回の死亡者であるNさん
・死体発見現場となった学校社宅に住む女教師Aさん
・その女教師にいたずら電話をかけていたとされるBさん
・女教師の当時の恋人とされるCさん

【警察が事故と判断する理由】
・個人の意思でしか便槽には入り込めない。
・遺体に外傷が無い(一部外傷は便槽内に入り込む際に出来た傷と判断)

【2チャンネルでまことしやかに言われる話】
・遺体発見時には靴の片一方は頭部の上にあったが、もう片一方は近くの河川敷から発見された。
・死体発見現場に住む女教師と恋人とNさんの関係

【Nさんが死亡して誰が得をするのか】
・Youtubeでバリゾーゴンなるドキュメント?ビデオが見れます。福島原発に係る話として見ると面白いのですが、この事件を解決しようとする内容は少し偏った内容であるとも思えます。

ここに書き込むと私一人の意見で終わりますが御容赦下さい。
意見を交換すればするほど終わらない論議が交わされ納得できる論証も証拠も有りせん、出て来ません。
やはり死人に口なしと言うことですね・・。

この記事を書いている最中にとても興味を引く内容があるビデオを見ました。
少しオカルトの話になりますが、先日"本当にあった呪いのビデオ"なるものを見ました。事実か捏造かと言う論議は別として、そのビデオが編集もされていないという前提で見てみます。
https://www.youtube.com/watch?v=nxSRNeEREXc
ビデオの中に大学生の若者3人が、住んでいるアパートの一室に集まりビールを飲んでいる画面から始まり無くなったビールを取りに行こうとビデオを撮影したまま台所へ行こうと立ち上がり襖を開けるとそこは台所ではなく全く違う場所が写っており、その奥の方では人が居るような風に見えました。撮影をしていた学生は異変に気づきその場に立ち止まり自らの目で確認しようとしますがそこは何もない普段の台所。学生はえっ?えっ?と繰り返すばかり。ナレーションでは、そのアパートが出来る以前は廃墟となった家で有名なお化け屋敷であったと事を説明していました。このビデオ内容で興味を引いたのが、現在は台所となる壁には更に向こうへと続く廊下が存在していた事。もし、この学生がビデオを撮ってなくそのまま中に入って行ったらどうなるんでしょう?カメラで見えていた空間へと行けるのでしょうか?
そしてもう一つ、
同じビデオシリーズで違う巻です。
https://www.youtube.com/watch?v=7XE6ChyZThY
ある日突然恋人が行方不明になり心配した家族や恋人が彼女の住むマンション入り口にある監視カメラを確認、するとそこには行方不明になった彼女が帰宅し集合郵便ボックスから郵便物を取り出し自分の部屋へと行こうとする。しかしその後ろに半透明の女が付き添うように憑いており数歩進んでカメラからフレームアウトする前に忽然と姿を消した。
この彼女は何も解らず先に広がっていた別空間へと迷い込んだのでしょうか?
もしかすると、現在まで続く行方不明の一部はこのように別空間に入り込んだのかもしれません。その別空間とは、その人が望むものではなく目に見えぬ何かから操作され突然自分の身に降りかかるのでしょうか?

願望というのは、いかなる姿形であっても願いを遂げようとする熱望のエネルギーが異質な空間や物質を呼び寄せるのかもしれません。
既に福島の彼はこの世にはいないので真実は誰にも語られる事無く今後も正確には解明されないでしょう。
立ち入る事の出来ない空間、常識を逸脱した現状、誰も理解できない行動、それらは全て異空間への入り口へ誤って入り込んでしまった足跡なのかもしれません。

人は不幸なことや信じられない事実が起こると神や仏に縋り身に降りかかる事実や真実を悔み避けようとし、それでも我が身の立場が変わらければ現世から逃れるためにその身を滅ぼすのかもしれません。

結局は今更ながら解決できる内容ではないのですが非常に謎が多い事故であったと思います。

ブラジルの刑務所ですが・・やっぱ痩せないとね・・ 


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ブラジルの刑務所で脱獄を図り壁に穴を空けましたが、その穴に詰まってOUTとなった受刑者がいました。
彼らは4人組で、脱獄計画を立て壁に穴を空けることに成功。一人目は無事に通過しましたが2人目は腹が大きく、それが障害となり穴に詰まり再び御用となりました。残る二人の囚人は当然逃げれなかったのですが、現在最初に脱獄した囚人の行方を捜索しているそうです。

しかし、すっごい頭です。こんなと街ですれ違ったら絶対目をそらすレベルです。

失恋で酒を飲み、そのまま入水自殺・・救助され大騒ぎ。 

11月20日午前3時頃、南北京台詞下区1路線にある橋上から下を流れる河へ女が飛び込みました。



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この女性は、当日恋人から別れ話を聞かされ飲酒。男が女の家までタクシーで送って行こうとしたら橋の上から河へ飛び込んだそうです。消防隊が救助に現れそれを引き上げるために集まったやじうま連中がロープを引いたそうです。結局、女は病院へ運ばれましたが意識もしっかりしており問題ない模様です。

ELEANOR:もう、こういうのはニュースにもならないくらい日常で発生してます。
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