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アイルトン・セナ・ダ・シルバ 

“you are not going to see exacitly ayrton senna's face”
エリック・シドニー・ワトキンス(Eric Sidney Watkins)博士は語ったそうです。
1994年5月1日、F1第3戦サンマリノ・グランプリでアイルトン・セナ(以下セナ)の事故現場に
駆け付け、セナをボローニャの病院へ搬送するための応急処置をした後のインタビューの言葉です。

アイルトン・セナ・ダ・シルバ(Ayrton Senna da Silva, 1960年3月21日 - 1994年5月1日)
自動車レースの最高峰と言われるF1(フォーミュラ・ワン)で日本でも人気があったセナが、サンマリノ・グランプリのタンブレロコーナーでコースを外れコンクリートブロックに激突、ヘリで病院へ運ばれましたが、同日死亡が確認されました。




セナの経歴云々は割愛させて頂き、当時はこの事故を翌日の車内ラジオで聞き驚いておりました。
しかし、原因究明には時間がかかり、直接の死亡原因も曖昧で錯綜する情報の中でどれが真実なのかが解らず風化するかもしれないこの偉人の最期をしっかりと受け止め、彼のファンとして自分のプログにまとめたいと思います。
色々な書籍、各国のTV、共通している内容で信憑性がある写真とCGとで構成します。

【事故原因】
オカルトめいた話も有りましたが、有力的でデーター証明がなされているステアリングロッドの破損が原因とするのが後の解説に異論が出ません。当時のウィリアムチームのデザイナーが車体に受ける空力を重視するがため、運転席内は狭くステアリングロッドがセナの足に当たるため一部を細くし溶接によって注ぎ足しを実施。

【当時FW16内の足元】
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【事故直後のハンドル廻りのパーツ】
ies_1011032.jpg
この丸印の中に、ステアリングがロッドごと外されていますが解りますか?事故の衝撃で外れた可能性もあります
(通常マシンの乗り降りにはハンドルのみを脱着しますが、ここではシャフトが付いたまま外されています)

【事故後のシャフト検証】
ies_1011031.jpg

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事故直前のラップ。車載カメラに写っているのを確認します。

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上写真はハンドルに付けられたランプがステアリングを回すことでロッドを中心とした円弧を描いてます、しかし下写真の事故直前には前の定点から外れ下方に移っています。要は下記のようになったと推測されるようです。

ies_1011006.jpg

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繋がっていたシャフトが外れハンドルによるコントロールが出来なくなった。
セナはアンコトロールを理解し速度を落とそうとしても高速コーナーで完全な減速は出来ずそのまま激突した。

【死亡原因】
コンクリートウォールにぶつかり、その衝撃で破損したサスペンションアームがヘルメットを貫通し脳を損傷、それにより死亡したとありますが、色々な角度から検証してみましょう。CGと実写から見てみます。

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これが、おおよその死亡原因とされています。
では、貫通したヘルメットとは?

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ここで情報が2分されます。バイザーに貼られたRENAULTの文字でFの上にある穴が見易いので勘違いが多く、しかし、Fの下黄色の矢印があるところも指摘されます。実際は、バイザーのelfとREANAULとの間にある切り込みが事実のようです。サスペンションアームがヘルメットを貫通しというのは間違いないようです。

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彼の頭部を直撃したサスペンションアーム

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アームの進入方向、

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このようにヘルメットを貫通したと言う事が死因となったようです。
瞬間に貫通したサスペンションアームはヘルメット内で頭部をえぐるように動いたと記されています。
よって至近距離からは頭部のダメージが深刻であるとする何かがヘルメットから出ていたと考えられます。
当時をリアルタイムで見られた方は覚えていると思いますが、事故後に救急隊が到着するまで一度は駆け寄ったコースマーシャルらも数歩下がり何も出来ずに見守っているだけで、コース上での応急処置は救急隊のみセナを見ることが出来ました。

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現場での処置はシド・ワトキンス博士の指示の元、気管切開が行われ気道の確保等だけが緊急に行われました。

ies_1011013.jpg


彼の頭部はのこぎりで切られたようであり手の施しようが無い状態だった
(シドニー・ワトキンス博士後日談)

思い出すだけでも胸が詰まる映像です。
本当に当時は、真相は後で公表されるだろうと考え、よもや自分のサイトでまとめを行うとは思いもしませんでした。この内容を見て賛否両論あるでしょう。文句の一つも言いたくなるでしょう。何で今頃取り上げるのかとのお叱りもあるでしょう。マクラーレンホンダの2015年復活を聞き、新世代へと移るF1に今後もこのような事故が起きないよう、セナのことも忘れないように考え抜いてこの記事をまとめました。

あれから19年・・・本当に時間の流れは早いです。
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コメント
ステアリングシャフトの事は、初めて知りました。
『Ayrton Senna 1989』のPVで当時のことを思い出しましたよ















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