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白暁燕誘拐について日本での扱われ方がおかしい。 

先日、中国のネットニュースで小さなコラムで白暁燕という名前が載ってました。最初は誰だっかなぁ??・・と思ってましたが先日川沿いの道を歩いていた時に,「あ”ぁぁぁ・・」と思い出して早速ネットで再検索。
白曉燕、パイ・シャオイェン・・台湾で誘拐され1997年4月28日に死体で発見された梶原一騎の子供で台湾の人気女優白冰冰の一人娘。当時の日本では、その8年程前に起きた女子高生コンクリート詰め殺人の猟奇性と似通っている事件とし、その報道がされるないなや、憶測と想像によるネットの書き込みによって海外で起きた事件の中でも日本国内で論議された事件でした。
その内容とは、性的暴行を受け遺体発見時は、顔形が変形し目玉は抜かれ、内臓は破裂、肋骨は全部折れている、また性器と肛門には鉄棒が挿入され性器に至っては膣内に釘(針)が48本入れられ、検死した医師が「このような無残な死体は見たことが無い」等の事が書かれている。果たして本当なんだろうか??・・と。日本で作られたウィキペディアにもそのように書込みされています。その証拠に葬式の際にはカツラと顔が見えないようにお面で隠されていた。と有ります・・・。それらも含め中国や台湾のサイト等で真実を探してみましょう。

ここでは無責任な記述をするつもりも、その用意も有りません。中国と台湾の過去ニュースを含め検索。翻訳をして書き込みをしたいと思います。現地の報道や伝記が一番事実に近いはずです。から・・

まずは、人物の相関を確認します。
【登場人物】
・白曉燕:この事件での被害者
・白冰冰:被害者の母親
・陳進興:犯人の一人(犯人の総勢数は不明)
・高天民:犯人の一人(〃)
・林春生:犯人の一人(〃)
・その他:直接事件に関わる人物ではなく上記3名の身内とかがいたようです。

では、まず何が起きたのかを地元のニュースを翻訳し、最後は時系列でまとめましょう。

【事件のあらまし】
1997年4月14日、台北県林口郷(現在の新北市林口区)にある醒吾中学(高校)高校部一般科目の2年生だった白暁燕は林口?忠孝街553にある学校の寮を出ていつもの通学路を通り学校へ向かいましたが、陳進興、高天民、林春生ら3人の企てによって車で拉致されました。白暁燕を誘拐した車は予め借りていた部屋へ白暁燕を運びますが犯人らは顔を見られないように黄色のゴムバンドを白暁燕の顔に巻いた状態、露出しているのは鼻だけだったとの事。部屋に着くやいなや、数度による暴行を受け縄で縛られた状態で左胸を露出させ写真を3枚撮り小指を切断。その夜犯人は母親の白冰冰に電話(電報?)をかけ誘拐の事実を知らせ、その証拠として指定された場所に行くことを指示。母親の白冰冰は指定された亀山郷の霊園管理室そばに置いてあった3枚の写真、切断された小指、500万ドルの身代金等を記載した紙を発見。誘拐の通報を受けた警察は、すぐさま「0414特別案件」として署内チームを結成。身代金受け渡し時に逮捕出来るように準備を進めます。が、犯人からの連絡は電報で行われた為、待機していた4月15日~19日は何も出来ない状況。

しかし18日と19日の交渉で取引場所を台北市、台北県(現在の新北市)、桃園県と決めるも犯人らは現れず、その間警察は白曉燕の安否を気遣い本人しか解らない数点の質問を行う。4月23日、再び犯人からの電報により新竹市で現金の受け渡しを行うと連絡が有りましたが現れませんでしたが警察は犯人の潜伏先を把握。三重市(現在の北市3重区)で主犯の陳進興と林春生を発見し包囲、しかし犯人側の応戦により銃撃戦となり、また犯人らの身内によって妨害工作を受けながらも陳進興と林春生を逮捕。取引が出来なかった理由の一つとしてマスコミの行動に問題が有ると非難が集中し、報道有罪とする市民意見が多数寄せられる。

4月26日、警察は白曉燕がまだ生きていると推定し母親をテレビに出演させ犯人らに人質返還を願い出まる。この時も各メディアが過剰反応し報道局の車が白冰冰の自宅玄関を破壊するという事態まで起きた。

4月27日、警察は犯人の中に高天民も含まれるとし、犯人の身内らによって説得させようとテレビに出演。自首することで罪が軽くなる事も説明。

1997年4月28日、残念ながら白暁燕の死体が台北県泰山郷(現在の新北市泰山区)で発見。発見した人物は、最初は豚の死骸と思った。死体の状態から白曉燕と判断した警察は、その場で白冰冰によって身元確認を実施。法医学者の楊日松が検死を行い死後8~10日程経過、直接の死因は頭部腹部の殴打による出血多量及び内臓破裂。首に巻かれたナイロンコードに締められた後はあるが生活痕が無いためその時は絶命していた。また遺体解剖では腹部内に500ccの内出血が確認され、切断された小指には指の根元に細い針金で止血されていた。また膣は新しい処女膜破裂が確認され、死者が生前に深刻な暴行と強姦を受けていたと判断。
警察側は、逃走中の容疑者で、陳進興、林春生、高天民を指名手配し、台湾国内で大規模な指名手配を展開した。
しかし、犯人らは別件で6月6日台北県議員の蔡明堂を誘拐。この時に500万ドルを受け取った事が後に陳進興が逮捕されて判明。犯人らは逮捕されるまで数々の犯罪を行いながら10月23日台北市内の整形外科診療所で医師の方保芳、妻の張昌青玉、21歳の看護婦の鄭文諭の3人に手錠をはめ、それぞれ頭部を銃で撃ち殺害。これは高天民が整形手術を行い口封じの為であり看護婦の鄭文諭は殺害前に陳進興が強姦。
生きて逮捕されたのは陳進興。林春生、高天民は警察と銃撃戦の末自殺。

(※犯人らの行動はこれだけでは有りませんが、白曉燕に関する内容だけを大方抜粋しています)

1997年4月14日:白曉燕が誘拐される(写真撮影と小指の切断)
1997年4月15日~19日:警察が自宅で待機
1997年4月18日~19日:身代金受け渡しの場所を決定するが失敗。(この時点で激しい暴行を受け殺害)
1997年4月23日:2回目の身代金交渉で場所を決定するが再び失敗。
1997年4月26日~27日:人質の生存を危惧する中でテレビ等で犯人に呼びかけ開始
1997年4月28日:遺体で発見され死後8日~10日程経過していると判明。
 (遺体を遺棄した日時は不明)

【その猟奇性】
 誘拐後に行われた裸体(縛られたままで左胸の露出)の写真撮影と身体一部切除、日本国内で言われる性的暴行。この性的暴行の事実は無かったように思えます。人質には利用価値が有り逃亡する際や交渉の場にも必要とされ、しかし犯人らが拉致後に行った小指の切断に対し泣き叫ぶ被害者を黙らせる為に暴行を繰り返したかもしれないのは否定できず、その痛みや尋常では無かったはず。検死で胃の中については何処にも記述は無い。日本で言われる遺体発見時に重しが括られていたとかも一切無く、ただうしろ手で縛られていたのみ。(末尾の写真参照)

【当時の報道と台湾国内の反響】
 台湾の人気女優、白冰冰宅で起こった事件にメディアの過熱な報道と警察の犯人逮捕への読み違いにより、被害者は殺されたとして民衆によるメディア叩きが加熱。

【日本での論議】
 日本で見られるウィキペディアでは、事件そのものが偏った書込みになっている可能性があり、暴行された内容だけが詳細に記述されている。犯人らとの連絡方法が電報だった事、誘拐後に確認された写真や小指は自宅に送られたではなく指定場所への誘導による発見と、地元のニュースとは少し違う様な書込みがされている。また当時の新聞や報道内容が一切見当たらないのも過度な報道内容であり、それらを排除した可能性もある。暴行内容だけが詳しく書かれる事に、書き込みソースとしての信憑性は無く故に現在日本で論議される内容に意味が無いと感じるのは私だけ?

【事件背景】
 有名人等に狙いを付け高額な、しかもドルでの身代金を要求する手口は映画を模写したであろう事は簡単に解り、犯人らは国外逃亡もままならず、犯人の中にはモンゴルへの逃亡を試みるが失敗。この事件後も台湾では誘拐事件が発生するが早期解決しているのが大半である。

【そして今・・】
 娘を誘拐され殺害された白冰冰はどうして子供が欲しく、幾度も人口受精を試みるも全てが失敗、15回を超えた付近で医者からこれ以上は命に関わると警告され諦める。

【統括】
 この事件は本当に写真がないです。日本のサイトで関連した記事を書いているHPにもモザイクがかかった状態で何がなにやら解らないのが薄暗く載っているのですが、これが遺体発見時には顔が変形していると言われる元。葬式にお面を付けて行うまでに損傷が激しかったのは、死後発見までの時間が長かった、遺体が川に放置されていた事を考えると当たり前ではありますが・・・日本国内で独り歩きした内容は当時発売された写真週刊誌フライデーのようです。
ここでは、何とか見つけた写真を載せておきます。モザイクはかけてませんのでそれを見ながら日本で言われる内容が事実なのかを皆さんで確認して下さい。

b1_20130613083301.jpg
 被害者が発見された時の横顔。

b2_20130613083302.jpg
 うしろ手に縛られた手(腕)。囲み丸には切断された小指後の位置。

被害者の年齢から考慮して、葬式の際に同級生が最期に一目と言われるのを見越し、その様変わりようは同級生らに激しい動揺を与えるとしてお面を被せた。と考えるのが一般的。実際に写真で見る顔には目玉が抉られとかはなく、ただ2枚目のうしろ手の写真では背中に受けた暴行跡がかいま見える。顔に至っては鼻筋も通っており顔面を殴る等は一切無かったのではないかと思えるほど原型を保っていると思えます。噂は色々と尾ひれを付けながら現在に至ります。
今後はこのような事件が起きないような時代になるよう願います。

なお、ここに記載した内容は台湾、香港、中国のウィキペディア、故事、等を見ながら翻訳したものであり、しかし当時の新聞紙面等のソースは一切ありません。真実は関わった本人しか解りませんが裁判記録さえも見当たらないこの事件に台湾国内では重要案件として扱われているのが解ります。
もし、日本国内で性的暴行だけが興味本位に事実と違う内容で論議されているのなら残念です。しかし、ここでの記載が事実とも言いません。読む方の判断でお決め下さい。

追記:
唯一の逮捕者である陳進興の裁判供述と記録を見つけたので紹介しておきます。
1997年11月20日の裁判記録で、誘拐当日は高天民が運転し陳進興と林春生が暁燕を車内に連れ込んだ。そのまま五股西雲路に借りていた部屋へ行き、まずは林春生が暁燕の小指を切り落とし、しかし痛みで白暁燕は泣いてやかましいので 3人は殴ったり蹴ったりしたが彼女を強姦せず、その夜は犯人3人ともそれぞれに家へ帰った。暁燕の死因は、陳進興が彼女に月餅を差し出し食べてる最中に食物が喉に詰まって死んだ。と供述。しかし法医学者は暁燕の胃の中に食品が無いと指摘。
陳進興は、誘拐や殺害を実行したのは残りの2名であり、自分は指示に従っただけとして減刑を求めた。しかし判決は1回目の審議で、2回の無期懲役、5回の死刑、59年6ヶ月の懲役を言い渡された。
結審で、1回の無期懲役、4回の死刑、50年以上の懲役を言い渡された。

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コメント
まだ16歳の罪も無い少女が誘拐され、小指を失い暴行を受けながらも、身代金が来れば家に帰してもらえると信じていたのが、叶わなかったと分かった時の絶望感は想像を絶する悲しみであったであろう。

人間とは思えぬ鬼畜の行動を取った者達への激しい怒りを感じずにはいられない。
死刑廃止論を唱える連中も多数いるが、この事件を知ると死刑すら生ぬるいと思える。

また亡くなられた本人や家族が絶対に知られたく無い事実や写真をこうやって公表するマスコミや、それを興味本位に見てしまう我々も自らを戒めなければならない。
少し闇に目を向ければ不幸は山のように転がってる現実。悲しいですね
よくもまあガセネタと偽写真でここまで盛り上がれるものだ。
日本人の残虐性を見せつける事件だったね。
事件の内容よりも「どうやって殺されたか」ばかりがクローズアップされ、しかも尾ひれがついて噂が広がっていく。

ネットによって育成された低脳人たちは、ほんと罪作り。
日本人?↓何言ってんだこの馬鹿
ただの他人を平気で低能人なんて造語作って呼べるような愚かな人間
>>ネットによって育成された低脳人たちは、ほんと罪作り。

朝鮮人の造語です。本当にチョンでした。














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